【ノーベル物理学賞2014】赤崎勇、天野浩、中村修二の日本人3人受賞!経歴は?授賞式は?

ノーベル物理学賞 雑学

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ノーベル物理学賞ノーベル物理学賞

日本人3人が同時受賞しました。

 

世界を変えたとも言われるLEDの青い光を

開発した3人です。

 

天野浩氏、赤崎勇氏、中村修二氏の経歴や

青色LEDなどについて調べてみました。

 

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ノーベル物理学賞 受賞理由は?

スウェーデン王立科学アカデミーによると、

「彼らの発明は革新的で、21世紀はLED(発光ダイオード)が世界を照らした」

と、3人の功績を称えています。

 

科学ジャーナリストの寺門和夫氏によると、

「青色発光ダイオードの研究が基礎研究から実用化されて商品になり、

世界中に広がっていくということすべてを日本人がやり遂げたということを

ノーベル賞が認めてくれたという意味では、非常に良い事だと思っています。」

ということです。

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天野浩氏、赤崎勇氏、中村修二氏の経歴

青色発光ダイオードは、必要な結晶を得ることが難しく、

20世紀中には実現不可能とされていました。

 

その青色発光ダイオードの開発と実用化に携わった3人が、

ノーベル物理学賞を日本人同時受賞となりました。

 

世界を変えた青色LEDと言っても過言ではない、

現在の生活には欠かせない青い光を開発してくださって、

本当にありがとうございます、おめでとうございますと

言いたい気持ちです。

 

中村修二の経歴とノーベル賞受賞の喜びの声

赤崎勇氏と天野浩氏の研究を発展させ、

世界で初めて青色LEDの実用化の道を切り開いたのが

中村修二氏(60)です。

 

1954年に愛媛県西宇和郡で生まれ、

1977年に徳島大学工学部を卒業し、同大学院修了後、

1979年に地元の日亜化学工業に入社しました。

 

1988年に、社長に直訴して取り組んだのが、

青色発光ダイオードの研究でした。

 

「苦労したというのは、以前の会社(日亜化学工業)に

入社して10年間ですね。

半導体の技術が全くなかったんですね。

だから青色やる前の10年間が非常に苦労しました。

青色の時はその過去10年間開発した技術をそのまま使って

材料を変えて青色の研究をしたというだけですから、

案外簡単にできたと言えば、簡単にできました」

 

1993年に、製品化に成功し、

20世紀中には不可能と言われていた大きな壁を、

当時サラリーマンだった中村修二氏が突き破ったのです。

 

が、その偉大な功績に対し、会社から支払われた

発明報酬は、わずか2万円という驚きの低さでした。

 

そのため、2001年に正当な対価を求め、訴訟を起こします。

この訴訟を起こすことにより、ノーベル賞受賞は無理になるだろうと

言われたそうですが、訴訟をする決意をした中村修二氏には、

大きな決意があったのではないでしょうか。

 

後に続く人のためにも、立派な結果を残しても、

認めてもらえないということがあってはいけない、

という気持ちがあったのではないでしょうか。

 

3年後の2004年、東京地裁が下した判決は、

「青色発光ダイオードの特許を利用して

日亜側が得た利益は、約1200億円に上り、

中村教授の貢献は、その50%を下回らない」として、

会社側に中村修二氏が要求した200億円全額支払いを命じる画期的なものでした。

 

しかし、会社側は控訴し、裁判が長引くことを懸念した

中村修二氏が和解に応じたため、

8億4000万円が支払われました。

(のちに、この和解金の多くは寄付されているそうです)

 

この裁判は当時からニュースなどで耳にしていて、

ほんとうにありえないことだな、と私も憤っておりました。

 

信号などでLEDが使用され、とても見やすくなっているのを

実感するたびに、こんなに世の中の役に立つ技術なのに、

2万とか、控訴とか、ありえないな、と。

 

もちろん、開発費用などは会社負担で出されていたと思いますので、

そのあたりは、すごいと思います。

 

ですので、今回のノーベル物理学賞受賞は

本当に嬉しく思います。

 

その後、多くの大学から誘いを受け、

2000年から、中村修二氏は、アメリカのカリフォルニア大学

サンタバーバラ校に籍を置き、

クリーンエネルギー分野の研究に従事しています。

 

現在も地球資源の節約に貢献しています。

 

ノーベル物理学賞受賞時は、寝ていたそうです。

会見で乾杯し、同僚らと受賞を祝いました。

 

ノーベル物理学賞受賞の喜びの声

中村修二氏は、

「スウェーデンのノーベル財団から、”物理学賞”をいただき、

非常に光栄に思っています」

と、喜びのコメントを出されています。

 

Q.今の心境を教えてください。

「非常に嬉しいですよ」

 

Q.この日が来ることは?

「日本のマスメディアがずっと『来る来る』と言っていたので、

わかんないですけど、来るかもしれないなとは思っていました」

 

Q.青色LEDは身近で活用されていますが、

今後どのような技術に活用していきたいですか?

「今後は、レーザーダイオードの高効率の物を作る研究をしています。

LEDの次は、レーザーかなという感触は得ています。」

 

Q.若い科学者にメッセージを

「私の場合は、四国から出たことがなかったんです、日本にいたときは。

高校までが愛媛県で、大学が徳島大学で、卒業後は、

徳島の田舎の方にある会社に20年間勤めて、

それから四国を出てカリフォルニアに来ていますから、

無名の高校・大学とか企業もローカルな中小企業ですから

そういうところにいてもちゃんと本人のやる気と意欲があれば

ここまで来れるということですから、私を見れば若い人はやる気が出るのではないかと思います」

 

中村修二氏は、日本は研究の場にふさわしくない、

もっと一生懸命研究するならアメリカに来なさいと

言っていたそうです。

 

そういう気持ちになるのは、中村修二氏の経歴からしても

十分納得できます。

 

中村修二氏の影響で、研究者に対する環境や

待遇などが変わっており、少しずつ良くなっていることは事実です。

(金銭面などアメリカには及びませんが)

 

中村修二氏は、青色LEDで世界の光を替えただけではなく、

日本の研究者の環境にも影響を与えた人物なのです。

 

赤崎勇の経歴とノーベル賞受賞の喜びの声

名城大学大学院の赤崎勇終身教授(85)は、

1929年に鹿児島県川辺郡知覧町(現・南九州市)で生まれ、

旧制中学に通っていた頃、戦争のため、学校に行かず、

工場で働いていたそうです。

その後、1949年に京都大学理学部に入学します。

 

(※赤崎勇氏の崎は、本来、「﨑」ですが、文字化けをすることがあるため、

「崎」と表記しています)

 

その年に、湯川秀樹博士が日本人初のノーベル賞を受賞し、

それを見た赤崎勇氏は、

「敗戦直後で皆元気がなかったので、何か明るくなったような気がしました」と

元気をもらったそうです。

 

「京都大学ではほとんど勉強せず、夏になると北アルプスに行って

いろんな山を歩いていた。

講義時間とか構わずに、よく友達と遊びまわっていたけど、

人が行かないようなところまでいろんなところに行っていました。」

 

1952年に京都大学を卒業後、1964年に旧松下電器東京研究所に

入所しました。

そこで、性能がはるかに優れた窒化ガリウムによる

青色LEDの研究に取り組み始めました。

 

研究のあまりの困難さに、次々と辞める人が相次いだそうですが、

「たとえ最後の一人になっても研究をやめようとは思わなかった。

青色発光に魅せられ、実現の可能性を信じて疑わなかったからです」

ということで、強い意志のもと、長年研究を続けられていたことがわかります。

 

1981年に、名古屋大学の教授に就任した赤坂勇氏は、

自由に研究を続けられたそうです。

 

「そのころの名古屋大学はほとんど何もなかった。

大きな装置は今どこにでもあるが、

そのころは何もなかったので、逆に好きなことをやれた」

 

またこの頃、天野教授と出会ったそうです。

 

ともに研究を重ねた結果、1985年に、青い光を出すのに必要な

高品質の「窒化ガリウム」の結晶化に世界で初めて成功しました。

 

その後、1996年に紫綬褒章、2011年に文化勲章を受章しています。

 

赤崎勇氏は、ノーベル賞候補として何度も名前が挙がってきたが、

なかなか決まらず、今回晴れて受賞となりました。

 

「研究は半世紀くらいになりますかね。

最初のころは、とても20世紀中にはできないだろうと当時言われていましたので、

どんどんやめていく人もいましたし、そういう状況でしたけれども、

私はちっともそういうことは考えませんでした。

ただ自分がやりたいことをやってきたという一言でいえばそういうことかなと」

 

ノーベル物理学賞受賞に関し、

「半分サプライズでこんな名誉なことはないと思っている。

皆さんの大きなサポートのおかげです。この場を借りてお礼を申し上げます」

と、喜びの言葉を述べています。

 

安倍晋三総理からも、3人を称賛し、お祝いの言葉が届けられました。

 

戦争も経験され、大変な時代を過ごされた時や、

実現不可能というプレッシャーも少なからずあったと思いますが、

50年にもわたり、青色発光ダイオードの研究に携わり、開発され、

本当にすごいと思います。

 

天野浩の経歴とノーベル賞受賞の喜びの声

赤崎勇氏に師事し、当時名古屋大学でともに青色LEDの開発に携わったのが

名古屋大学大学院の天野浩教授(54)です。

 

1960年に静岡県浜松市で生まれ、1983年に名古屋大工学部を卒業後、

1989年に工学博士を取得。

2010年に名古屋大学教授となっています。

 

大学の卒業研究を決める際、青色LEDが「世の人の役に立つ」と思い、

研究を始めたそうです。

 

大学4年生の時に、赤崎研究室へ進級した天野浩氏は、

赤崎教授とともに、青色の光を出す窒化ガリウムの研究に没頭し、

1989年に世界初の青色発光ダイオードの開発に成功しました。

 

その時について、

「ものすごく感動しまして、赤崎先生のもとに持って行った記憶があります。」

とのことです。

 

ノーベル物理学賞の受賞時、天野浩氏は、フランスに出張中で、

所属する名古屋大学は喜びに包まれました。

 

フランスのリヨン空港に到着した天野浩氏によると、

受賞決定の瞬間は空の上だったらしく、

ノーベル物理学賞受賞はインターネットの記事で知ったそうです。

 

「フランクフルトで何気なくパソコンを開いたら出ていたので、

びっくりして本当かなと思って」

ということです。

 

Q.ノーベル賞は気にしていましたか?

「いやいや そんなの全然ないですよ。

皆さんのメールを見れるときは見るようにしてるので、

ズラッとメールが並んでいたので、びっくりした」

 

Q.誰に受賞の喜びを伝えたいですか?

「やっぱり家族ですかね。

父親とか夫としては、全然ダメ人間で

土曜日どころか日曜日も仕事をしているような状態だったので、

家のことは、ほとんど任せっきりでしたんで」

 

「ただただびっくりしています。もちろん非常に嬉しいんですけど、

他の二人は素晴らしい研究者であり技術者でもあるので、

その二人に名前を連ねさせていただいたことは名誉なことだと思います。

究極の目的は、学問というかなんでも人のために役に立つということ、そこに尽きると思うんですね」

と、喜びを謙虚に述べていました。

 

発光ダイオード(LED)とは?

一方からマイナスの電気、一方からプラスの電気が流れ、

ぶつかった時に高いエネルギー状態になります。

 

このエネルギーを光に変えることが、LEDになるのです。

 

要は、電流を流すと発光する半導体ということになります。

 

今まで、赤色と緑色のLEDはありましたが、

この2色だけでは、作ることができる色は限られていました。

 

光の三原色を作るための青色のLEDだけが

欠けている状態だったのです。

 

この青色のLEDが作られたことによって、

様々な色が表現できるようになり、

この赤・緑・青を組み合わせることで、白色も

作り出せるようになりました。

 

これが一番の快挙なのです。

 

青色LEDの功績は?

その結果、私たちの身の回りには、様々なLED商品が普及することになりました。

 

信号機をはじめ、テレビやパソコンの画面、光学マウスの光っている部分や、

新幹線のヘッドライト、クリスマスの青いイルミネーションなどありとあらゆる

照明に使用されています。

 

LEDのメリットは?

消費電力が少なく、寿命が長いため、環境に優しい

という特徴があります。

 

白熱電球とLEDを比べてみるとわかりやすいですね。

 

白熱電球 LED
寿命 約2000時間 約5万時間
消費電力 100W 4W

 

しかも、調色・調光が容易で、振動や衝撃に強いのです。

 

ブルーレイにも青色LEDが使用されています。

DVDより、4倍以上の情報量を記録できるようになりました。

 

青色LEDによって、生活がかなり豊かになってきた現実があります。

利便性が高まる発明です。

 

今現在、地球で消費されている電気の1/4は照明で利用されていますが、

LEDに替えることで、地球の資源を守ることが出来るようになるということです。

 

LEDをさまざまに使用することで、かなりの節電になりますね。

 

利用価値は今までのノーベル賞より、

相当広い分野に及びそうです。

 

ノーベル賞授賞式はいつ?賞金は?

ノーベル賞授賞式は、12月10日にスウェーデンのストックホルムで行われます。

 

ノーベル賞の賞金は、800万スウェーデンクローナ(約1億2000万円)で、

3人で分けるそうです。

 

賞金、もっとあってもいいのでは?と思えるような、本当にスゴイ発明です。

 

晴れ晴れとした授賞式が今から楽しみですね。

 

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